マルエツエクスペリエンス労働組合

【特集】変わる「夜の風景」──小売業界で進む深夜営業の見直しとその衝撃

労働問題労働環境改善最新ニュース

2025年5月28日

日本の“当たり前”が、静かに変わろうとしている。かつて24時間営業は、便利さと効率の象徴だった。だが、令和の今、小売業界は「夜を止める」という選択を始めた。
その裏には、労働者を取り巻く環境の激変と、消費スタイルの本質的な転換がある。今回は、この変革の波を、制度・企業・現場・未来という4つの視点から徹底分析する。

なぜ、今「深夜営業見直し」なのか?

──人手不足という構造的な限界

2025年現在、日本の小売業界が直面している最大の課題は「人材の確保」だ。特に深夜帯の労働力は激減しており、都市部でさえアルバイトが集まらず、地方では深夜営業が事実上不可能になりつつある。

総務省のデータによると、労働力人口は1995年のピークから1000万人以上減少。特に15~34歳の若年層が深夜帯の仕事を敬遠する傾向が顕著だ。深夜シフトに応募が集まらず、現場は慢性的な人員不足に陥っている。

また、外国人労働者の新規流入がコロナ以降抑制され、技能実習制度の見直しも相まって、これまで“隠れた支え手”だった外国人深夜労働者の供給源が減退している。

──消費者の価値観が変わった

昭和・平成時代の日本社会は「遅くまで働き、遅くまで買い物する」ことが日常だった。しかし、令和に入ってから、消費者のライフスタイルは根本的に変化している。

コロナ禍で定着したリモートワークや時差出勤は、消費時間帯を昼間にシフトさせた。内閣府の生活実態調査では「夜22時以降にコンビニやスーパーに行く頻度が減った」と答える人が72%。今や、夜は「休息の時間」へと回帰している。

つまり、企業は「便利だから営業する」のではなく、「誰も来ないから閉める」という合理的判断を迫られているのだ。

先行する企業たちの英断

▼ ロイヤルホストの挑戦と成功

ファミリーレストランの老舗「ロイヤルホスト」は、2017年に全店24時間営業を廃止。これは業界内で「無謀な決断」とも評された。しかし、蓋を開けてみれば、店舗あたりの利益率が上昇し、スタッフの離職率も大幅に低下した。

この成功は、「回転数」よりも「満足度」「定着率」が収益を生む時代への転換を象徴する。従業員への投資が結果的に企業価値を高める、という新たなロジックが成立し始めているのだ。

▼ コンビニ大手も“夜を止める”

セブン-イレブンは一部店舗で時短営業を開始。ファミリーマートは「地域との合意形成があれば営業時間短縮可能」とし、店舗ごとの柔軟な運営を推進している。

これまで「24時間営業」が前提だった業態において、「夜を止める」という戦略は、企業の柔軟性と持続可能性を示す新しい指標となっている。

働く現場に何が起きているか?

──働き手の声:「ようやく眠れるようになった」

深夜勤務の削減により、現場では次のような声が聞かれる。

「体調を崩すことがなくなった。家族との時間も増えた」(40代パート主婦)
「毎日眠れる。それだけで人生の質が変わった」(20代学生アルバイト)

深夜労働は、健康に深刻な影響を及ぼす。夜勤従事者は、睡眠障害・高血圧・うつ症状などのリスクが高いとされ、世界保健機関(WHO)は長期的な夜勤を「発がん性の可能性あり」とも警告している。

──ただし“割増賃金の消失”が痛手にも

夜勤手当(深夜割増25%以上)は、非正規労働者にとって貴重な収入源でもあった。あるシングルマザーの女性は、次のように語る。「深夜手当がなければ生活は成り立たない。時短営業はありがたいけど、代替収入の道を企業が提示してほしい。」つまり、単に営業時間を短縮するだけでは不十分で、賃金設計や雇用制度全体の見直しが不可欠なのだ。

▍生活設計に及ぶ深刻な影響

深夜労働によって得られていた割増賃金は、決して「贅沢費」ではなく、“家計の基礎”そのものだった。時給1,200円のアルバイトが深夜帯に働けば、割増込みで1,500円。これを週5日×5時間で働くと、月に約15万円前後の収入となる。

これが日中勤務に切り替われば、同じ労働時間でも月収は12万円に減少。住宅ローン、光熱費、子どもの学費を含めた生活設計全体が揺らぐレベルだ。特に、子育て世帯や単身生活者など、社会的に脆弱な立場にある人々の暮らしに、直接的かつ深刻な影響を及ぼしている。

▍“働き方改革”の陰に潜む格差の拡大

皮肉にも、「労働環境の改善」という建前で進む改革が、一部の働く人にとっては“働ける機会の喪失”につながっている。フルタイムでは働けず、夜間に限定して働いていた人々にとって、深夜勤務の廃止は選択肢そのものを奪うことになる。

収入減によって、社会保険料の支払いが困難になる、国民健康保険の未納が続く、家賃滞納が増える──そんな「小さな崩壊」が積み重なれば、やがて生活困窮や貧困の連鎖を引き起こす。

労働組合や支援団体の調査でも、「夜勤廃止後、他に働き口が見つからない」「支出を切り詰めても足りず、食品を減らしている」といった声が多く聞かれており、すでに影響は可視化されつつある。

▍企業と行政に求められる“もう一手”

この状況を打開するには、「営業を縮小する」以上の戦略が必要だ。企業は、時短営業によって削減されたコストを、他の時間帯の人件費に回す、あるいはスキルアップ制度や内部キャリア転換の支援として投資する必要がある。

たとえば──

・深夜手当の代替として、日中帯に「資格手当」や「役割手当」を導入
・子育てや介護との両立支援を重視した柔軟シフト制度の導入
・地域雇用を守るための地方自治体との共同プログラムの構築

一方、行政もこの動きを“民間の判断”として見過ごすのではなく、雇用喪失リスクの高い業種に対する再配置助成や所得補償制度の整備が急がれる。

「深夜営業廃止=良いこと」と単純に評価することは危険だ。誰かの健康が守られる一方で、別の誰かの生活が立ち行かなくなる可能性がある。そのバランスをとるのが、これからの政策と経営判断の責任である。

深夜営業の見直しは「選択」ではなく「戦略」

この流れは一過性ではない。人材確保、地域共生、カーボンニュートラルへの貢献、そして企業の社会的責任(CSR)の一環として、深夜営業の見直しは「持続可能な経営」の鍵とされている。

さらに、店舗を閉めることで、光熱費や警備費、食材ロスの削減にもつながる。環境対応型の経営としても、評価され始めている。

また、夜間に必要な需要に対しては、オンライン販売や無人店舗、宅配ロボットなどのテクノロジー活用が補完手段となり、夜を完全に捨てるわけではない「スマートな夜」の実現へと舵を切っている。

未来を拓く“夜を止めた会社”たち

かつて深夜は「勝負の時間帯」だった。しかし今、その神話は崩れつつある。社会全体が「人を酷使する働き方」から「人を大切にする経営」へと移行する中、深夜営業の見直しはその象徴とも言える。

働き方改革の次のステージは、“営業時間改革”なのかもしれない。企業にとって重要なのは、「すべての時間を使い尽くす」のではなく、「必要な時間だけに集中する」選択を持つこと。そして、従業員・地域・顧客の“未来を守る”経営判断こそが、これからの企業価値を決めるのだ。


ご相談・お問い合わせはこちら
運営事務局:me.union0703@gmail.com
相談フォーム:https://forms.gle/CG8bmJ4fpuBivK3f9

あなたの一歩が、明日の希望につながります。

※本記事は、各種報道および公表されている情報をもとに、労働組合の立場から整理・解説したものです。法律や制度の詳細な運用については、厚生労働省などの公的機関による正式な発表やガイドラインをご確認ください。

関連する記事

...